はなだ文筆館

クルツよりがむしゃら。

 

 

五月の雷。

五月は五月晴れのイメージが強い。青い空と、陽光が反射してきらめく木々の葉。

たまに寒い日もあるけれど、仕舞い忘れていたジャケットを羽織って、なんとかやり過ごす。

雷は、そういう日々の中では明らかな異邦人である。

 

 

春の嵐を、僕はあまり好かない。桜の花びらも散ってしまうし、生暖かい風が吹き荒ぶのはあまり気持ちの良いものではない。

雨が一緒に降っていたら最悪だ。雨だけが真っ直ぐ降るならいいけど、風で横殴りになった雨は、体に張り付いて鬱陶しい。

 

 

家にいても、ゴロゴロと雷の音。

あんまり危ないところに落ちなければいいなあと思いながら、僕もごろごろ。

 

 

みんな、程よくお祭りをすればいいのだ。新元号も、憲法のことも、異常気象のことも。

良かれ悪かれ、僕らには、何かにつけて騒ぎたくかる潜在的な衝動があるし、とりあえず混ざってみて、いやならすぐ立ち去ればいいのだ。

お祭りから出て行く人を追いかけるような無粋な真似さえしなければ、そういう、流動的な社会ができる。

首を突っ込んだっていいじゃないか、しつこく追いかけるな。議論の起こるべきところには自然と人が集まるし、潮時になれば少しずつ散って行く。

あまり無為にしていると、秩序がなくなるかって、いや、僕らはそんなに忍耐強くないんだ元々。

がんばれる人間たちの秩序、がんばれない人間たちのカウンターカルチャー

 

雷は、突然やってくる。

突然落ちるけど、避雷針に向かってくることもある。

鮮烈な衝撃をもたらすには、一瞬の出来事のほうがいいかもしれない。

なんだったんだ、あれは、と呆けてしまうことが、人間から束の間であれ理性的判断を遠ざけて、まさに、お祭り的な、秩序でない集まりを生みだす。

 

 

僕らは避雷針を作ることはできるけど、まだ雷を落とさないようには、できないのだ。