はなだ文筆館

クルツよりがむしゃら。

日記20190519

 

艱難辛苦。繰り返しは忘我的でないと、最も根源的な恐怖に辿り着いてしまう。

 

ひとつショッキングな夢を見ると、その後数日間、精神的に全く立ち行かなくなる。

私は恐怖を抱いているのか、不安を抱いているのか、はたまた、無限的なものに対する畏怖だろうか。

 

耐え忍ぶ期限がないと、苦は苦としてあり続ける。

 

世界の認識の仕方に、階層がある。

現象学的階層、物理的階層、わたしはこれに加えて、精神的階層が存在すると思う。

普段の、忘我的な時には、現象学的なものの見方のひとつによってわたしは物事をみている。

経験、技術、志向、あとは。

 

 

精神的階層にあるとき、艱難辛苦は増大する。この時ばかりは、なにもかも、現象学的な世界に過ぎない、というわけである。

 

 

すべきことをする、それは現象学的階層に戻るための手段である。